社会科学の地盤変えへ 1986〜1992年
1986年から、わたしは出版生産拠点を、新評論から日本エディタースクール出版部(さらに新曜社と三交社)へとシフトした。理論誌の刊行をどうしても実行したかったからだ。福井憲彦氏と共編で雑誌『actes』(1986.5〜)を刊行し始める。社会科学そのものの理論地盤を変える知的生産活動をどうしてもやりぬかねばと、切実に感じていたからだ。ブルデューとフーコーを軸にして、思想基盤を変えるという作業を課していく。ブルデュー・ライブラリーの企画は、そのまま新評論へ残し、わたしは去った。そして、わたし自身の知的生産は、フーコーとブルデューをもって、超領域専門研究へとすすみ、文化科学考問い研究院を設立して、企業との協働ワークを研究プロジェクト型ですすめていくものへと飛躍する。
●1986.5〜
actes (日本エディタースクール出版部) C
actes (日本エディタースクール出版部) C
ブルデューの基本論稿をまずおさめた。そして、わたしが提唱する「プラチックpratiques」から思考を展開して行くことの提示である。このころ、わたしはまだ文化普及をあきらめていなかった、ハードなものを見やすくしていくことで可能と考えていたため、判型もイレギュラーなものにした試みをなしたが、書店の棚にはいらないということで、4号から定型へと戻した。2号(1986.11)、3号(1987.5)、4号(1988.1)、5号(1988.12)で、休刊する。文化普及という事を、これをもって、断念する。とき、同じ頃、思想雑誌として小阪修平氏が『オルガン』を、小倉利丸氏が『クリティーク』を刊行していた、同世代が新たな動きをつくりだそうとしていた時期である。わたしは、この5号で、「対幻想」に対応させ「対関係」の概念をもって、家族批判の次元を開く、ジェンダー論の布置をさだめたかったからだ。
●1986.10
季刊iichiko 創刊
季刊iichiko 創刊
イリイチから草稿vernacular genderが送られてきた、それを機に、「プラグを抜く」シリーズを企画、その創刊である。シャドウ・ワークをふまえ、バナキュラーな存在へ思想的・歴史的にせまった衝撃的な論稿を、即翻訳し、多様な論者に論じてもらう組み立てをした。わたし自身、制度化を「制象化」へと転じ、構造化される生成次元をつかむ論述へと向かう。バナキュラーな文化規制からセックスが離床し、賃労働/シャドウ・ワークの中性化された経済セックス世界が編制され、制度生産が文化・社会編制を根元から変じた。このシリーズは評判となった。そして、アナール社会史研究をなしていた福井憲彦氏と出会う。
わたしは、これを機に、出版生産のプロデューシングを多様に展開して行く、アカデミズムではなしえない文化生産を機能させるためだ。さまざまな方たちによるシリーズ生産を企画、プロデュースしていった。
●1987.12
ディスクールの政治学
フーコー、ブルデュー、イリイチを読む
ディスクールの政治学
フーコー、ブルデュー、イリイチを読む
フーコー「真理と権力」、ブルデュー「慣習行為と権力」、イリイチ「制度と権力」、バーンステイン・安藤昌益「知・権力とディスクール」、そして「ことば・性・ディスクール」と権力、権力論の転移をはかった。そして、「非ディスクール的プラチック」の領域を開く問題設定をなした。言説が権力関係構造にくみこまれて、日々の実際行為を規制している閾を明示した。これが、わたしの、国家や商品市場経済を支配的にしている社会科学そのものへの批判理論である。教育は、その範例でしかない。また、性・セクシャリテ、言語の権力関係への考察を開く。この書を、森反章夫氏が、社会科学へのF・B・Iだなと的確に称したものだ。CIAも書かなくてはならんね、とこたえたものだ(カッシーラー、イリイチ・レーニン、そしてアルチュセールだ)。新しい社会科学理論への基盤を設定したものである。表紙デザインは、河北秀也・明星秀隆、イラスト鈴木敏夫氏がしてくれた。
●1988.2
学校化社会のストレンジャー=子どもの王国 (新曜社)
学校化社会のストレンジャー=子どもの王国 (新曜社)
栗原彬監修で『学校化社会のストレンジャー=子どもの王国』が刊行された、立教大学でのレディースクラブでの講演収録だ。わたしは、「対のコミュニケーション」に転倒がおきることを語った。講演の後、息子が登校拒否なんです、と声をかけてこられたお母さんに、「とてもいい子でしょう」と言ったなら、ほんとにそうなんですと涙ぐまれた。たくさんの子どもたちが、学校で苦しんでいる、学校化された教育を転じない限り、子どもの開放はない。
●1988.10
超領域の思考へ:現代プラチック論
(日本エディタースクール出版部) A
超領域の思考へ:現代プラチック論
(日本エディタースクール出版部) A
日常生活の根源を見る思考技術を、男女・家族、漫画、写真、教育、民俗、消費、マスカルチャー、そして思想と、超領域的に働かせたものである。実際行為に政治的権力関係が浸透している、それを「産業的なもの/バナキュラーなもの/アジア的なもの」から考察した。685頁にわたる「枕」と称された書である。対象世界を、専門分節化させずに、種別的に論じながら歴史規定的本質を定めるものだ。文化生産の政治性を解読している。装丁に稲葉宏爾氏にしていただいた、パリに移住され氏との交流がなされる。
●1988.10
人間社会に豊かに機能する重要なキーワード
「乞う。」(ポーラ文化研究所)
人間社会に豊かに機能する重要なキーワード
「乞う。」(ポーラ文化研究所)
ポーラ文化研究所で、『乞う。』(1988.10)のプロジェクトがくまれ、先の消費研究につづいて、多分野からの報告をうけ、まとめた。経済関係をこえてしまう、「乞う」世界の文化考究である。水上勉氏へのインタビューが一番印象に残っている。
●1989.12
こんなにも映画好き』(アヴァン)C
こんなにも映画好き』(アヴァン)C
文化科学高等研究院を立ち上げた、最初の仕事。カンヌ映画祭の「監督週間」の映画が藤沢市にもってこられた、そのとき来日した若手の映画監督たちへのインタビュー集である。アトム・エゴヤンには天才的なものをそのとき感じた、案の定、彼は名監督にその後なっていく。事務局長のアンリ・ドウローに、どう彼らを選ぶのかと尋ねたなら、自分が良いと思ったものがそれでいいのだ、とこたえた。この考え方は、以後わたしの選択規準になっていく。このとき、小松弘氏を知る、映画好きの映画研究者だ。
●1990.3
コンビビアルな思想:メヒコからみえてくる世界
(日本エディタースクール出版部) A
コンビビアルな思想:メヒコからみえてくる世界
(日本エディタースクール出版部) A
メキシコの生活体験から、世界を見る、思想的随想。メキシコ、キューバ、そしてガルシア・マルケス論、ドラルド・ダック論、コンビビアリティ論を展開。わたしの、思想理論的な原点の表出である。生活文化を文化帝国主義的に浸食されながらも、しぶとく生きるメキシコの民の力を示した。メキシコで知り合った松本晴也氏の画「民」をつかわせていただいた。
●1990.9
教育が見えない:子ども・教室・学校の新しい現実
(三交社) C
教育が見えない:子ども・教室・学校の新しい現実
(三交社) C
あいも変わらぬ学校化された現実にたいして、教師と教育学者の交通をもって、見えない教育のなかでの実践の可能性を探った。アップルの教育知・カリキュラム論を日本エディタースクール出版部で刊行したこともあって、実践・カリキュラムの閾へ近づこうとしたものである。わたしなりの教師論を展開している。
●1990.6
ジェンダーと愛:男女学入門』(新曜社) A
ジェンダーと愛:男女学入門』(新曜社) A
男になる/女になるジェンダー生成は、精神分析論から解かねば的確さを欠く、フロイト論ももって、その現代社会の産業編制を解読した。社会科学・人文科学は、中性的人間概念から成り立っているとき、経済セックス現実を異性愛主義にして成立しているものでしかない、ジェンダー=男女から現代世界を考察すべき地盤の提示。本書のさらなる深化は『身体・セックスの政治』でなしている。デザインは河北秀也氏。
●1990.12
消費の分水嶺:ひととモノの新しい関係学
(三交社) A
消費の分水嶺:ひととモノの新しい関係学
(三交社) A
消費世界を、「必要」「資本」「産業化」「民俗」「権力」「欲望」から、総体的に批判肯定的な地平を開くべく、展開。商品世界から文化資本世界への転移の端緒を切ったもので、媒介に「コンビビアルな消費」を設定した。文化論と社会論との交叉を試みた。。
●1991.2
都市・空間・建築の根拠を探る:空間の存在論へ
(飛島建設) C
都市・空間・建築の根拠を探る:空間の存在論へ
(飛島建設) C
飛島建設での都市・建築研究プロジェクトの成果物。文化科学高等研究院が本格的に稼働したときだ。都市研究者・建築家をほぼ総動員するプロジェクトをくんだ。そして、建築・都市誌『ISLA』を刊行した。福井憲彦、谷口江里也との協働ワークが始まる。わたしの高等研究院づくりは、まったく信じられていなかったが、これで実質化された。研究者・クリエーター・企業人が協働する研究生産プロジェクトが、企業ビジネスとリンクするという仕方である。社長であった飛島章氏が、全面協力してくださった、以後、東京デザイン・ネットワーク、資生堂、富士ゼロックスなどとの協働プロジェクトがすすんでいく。
●1991.3
フーコー権力論入門
(日本エディタースクール出版部) A
フーコー権力論入門
(日本エディタースクール出版部) A
フーコーの『性の歴史』第一巻「知への意志」を、原著に即して徹底的に詳細に読む、邦訳がいかに「権力」や「生政治」の政治的理論考察を踏みにじるかを露出させた。そして、セクシャリテ論を権力政治論とかさねる理論閾を提示、さらに国家理性論を既存の国家論を転じるものとして展開している。